八角信芳×広津崇亮

「誰かの力に」その想いが原動力

〜挑み続けた10年、それぞれの想い〜

〈 前 編 〉

広津代表八角理事長、本日はお忙しい中、誠にありがとうございます。まずは日本相撲協会財団法人設立100周年、心よりお祝い申し上げます。100年続く伝統を受け継ぐお立場として、日々大変なご尽力されていることと拝察いたします。

八角理事長ありがとうございます。伝統を守っていくためには、並々ならぬ努力が必要です。毎日、その努力を続けているところです。今年2人の横綱が誕生し、ようやく東西に揃いました。大関は1人になりましたので、下の力士にはどんどん上を目指して頑張ってほしいものです。そして、おかげさまで本場所は満員御礼が続いています。ファンの皆様に支えられ、100周年を迎えられたことを何より喜ばしく思っております。

八角信芳×広津崇亮

広津代表ご成功を収められている陰には、トップとしてやはりご苦労されているところもあるのではないかと思いますが。

八角理事長昔から先輩たちが残してくれたものを、気持ちの部分も含めて守っていくということですからね。そう考えると、今一番大変なのは、大相撲の担い手となる新弟子の確保ですね。

広津代表少子化で以前と比べて力士になりたいという人が減っていると感じますか?

八角理事長はい。私たちも一生懸命やっているのですが、少子化の影響は大きいですね。親方を30年やってきて、最初の頃は努力すれば相撲を始めてみようという新弟子を集めることはなんとかなりました。しかし、今は努力しても難しい。子どもの数が減ってきていますので。

広津代表なるほど。新しい人たち、お弟子さんたちに来てもらうには、皆さんの健康を守るということも協会として大事なことだと思いますがいかがですか。

八角理事長力士だけでなく、行司や呼び出しがいないと相撲は成り立ちません。健康の面から協会員をサポートしていただけることは大変ありがたいことです。広津代表には日本相撲協会のオフィシャルパートナーとして支えていただいています。今回も130を超える協会員が検査を受けることができました。改めて感謝いたします。

線虫の能力に注目

八角理事長私からお伺いしたいのですが、広津代表が発明されたがんのリスクを知る検査は、匂いに敏感な虫の能力に着目したものですよね?

広津代表はい。私はもともと科学者で、大学の教員をしていました。その時代、どうすればもっと多くの人たちが、がんの検査を受けてくれるだろうかと考えていました。がん検査は、血液による検査であったり、大がかりな機械を使った検査であったりと、非常に手間がかかるものが多いです。さらに値段も高いし、なかなか精度が上がらない。やはり、簡便で、値段が安く、でも精度が高いという検査になれば大きく変わるだろうというイメージを持っていました。
そんななか、がんには特異な匂いがあるというのをたまたま耳にしました。具体的に言いますと、がん探知犬というのがいます。生物の嗅覚は微量なものを検知すると、これは機械では真似できないわけです。いまでも麻薬犬とかいるじゃないですか。だから生物の嗅覚を使えば、すごい精度のものが作れるのではないかと思ったのです。でも、犬を使うと結局、飼育費などでコストが高くなってしまう。そこで線虫という選択肢に目を付けました。飼育コストがほとんどゼロで、かつ線虫の嗅覚は犬並みだと。実はこの特性は、研究者がみんな知っていたことなんです。私はこの線虫の嗅覚をうまく使えば、コストをかけずに検査を行えるのではないかと思いました。調べてみたら尿でもできるとわかったので、精度が高いというだけでなくて、簡便で、安いということを兼ね備えた検査が初めてできるとなったわけです。

八角理事長線虫というのはどんな生き物なんですか?

広津代表私が使っている線虫は、大きさでいうと1ミリくらいです。線虫は世の中に1億種類くらいいると言われています。ひょろひょろとした生物で、線虫類に分類されます。馴染みがあるものですと、ギョウ虫とかアニサキスとかも線虫です。私が使っているのは、土の中にいる線虫です。

八角理事長アニサキスは誤って食べて痛い思いをする人もいますね。

広津代表それも線虫の一種です。私が使っているのは1ミリ程度の人間には害がないものです。その中に1200個もの匂いを感知する受容体があります。

広津崇亮

発明から5年は鍛錬の時期

八角理事長そんなにあるのですか。広津代表は、この技術を何年くらいかけて開発したのですか?

広津代表発明したのは10年前の話です。10年前に大学の教員をやっていた時にこの技術を発明しまして、実用化するために大学の教員を辞めました。自ら会社を作って代表になったというわけです。

八角理事長そうですか。大学の教員という安定した立場を投げうってということですね。それでも決断したのは、今後の人のためになるという思いがあったからですか?

広津代表自分自身で確信があったんですよ。誰かの技術を自分がやったわけではなくて、私自身が開発したので、上手くいくという確信があったわけです。リスクがあってもやろうと思いました。

八角理事長10年というと、やはり長い歳月ですよね。いきなり企業としてうまくいくというわけでもないでしょうし。だいぶご苦労があったのではないですか?

広津代表そうですね。発明したのは10年前で、その時はもちろん会社はなかったわけです。発明から1年後に会社を立ち上げ大学の教員を辞めました。そこからすぐ売り出したわけではなくて、技術の証明のために4年間くらいずっと研究だけをしている時期がありました。資金を集めて、病院などと組んでいろんな検体をいただき検証を続けるというこの4年間は、何も売るものはなく、検証だけをやっていた時期です。やっと実用化できたのはそのあとです。発明から5年後くらいですかね。その後、機械化も必要でしたので、機械も既製品があるわけではないので自分たちで作って自動化しました。人間の手で解析していては追いつかないですから。

八角理事長広津代表は何でもできますね?

広津代表いえいえ。私が1人でやったわけではないですから。私は基礎研究者なので、機械化することのプロではないですし、みんなの知恵を絞って頑張りました。5年ほど経って、最初は全身のがんがわかるというものを売り始め、それから3年くらいしてすい臓がんに特化した検査や、犬や猫を対象にしたペット向けの検査をやりはじめました。サービスを徐々に拡充しながらここまで来ているという感じですよね。

八角理事長5年間は収入がないわけじゃないですか。研究の期間は、いわば鍛錬の期間ですよね。その時期は大変だったんじゃないですか?

広津代表何十億円かの資金を集めまして、そのためだけに研究者をたくさん雇って検証だけやっている時期がありました。あのころは、もしかしたらこれがものにならない可能性もあったので、不安な時期でもありました。基礎技術としては自信があっても、たくさんのサンプルで証明して上手くいくとは限らない。機械化などもどうなるかわからなかったので、確信はありながら上手くいかなかったらどうしようというのがありました。

大相撲に重ねてみると 鍛錬の時期の大切さ

広津代表その点は、相撲の世界に置き換えたときいかがですか?どんなに強い力士でも下積みのような期間はあったでしょうし、理事長にもおありだったんじゃないですか?

八角理事長私は15歳で入門して十両に上がったのが19歳でした。そのころは、とにかくやるんだという気持ちだけですね、その先のことはあまり考えていなかった。今思い返すと相撲取りになったときに、「何年かけても関取になりたい」といちばん最初のインタビューで答えているんですね。当時の雑誌のインタビューだったと思います。「何年かけても関取になりたい」と、そういう思いでした。ということは、何年も努力しないといけないという覚悟はありました。そういう時期、鍛錬の時期がなければ今はないわけですから。しっかりと先を見据えて自分の体を鍛える、代表の場合は自分の技術を鍛えるという意味では、似ているところはあると感じますね。

広津代表理事長が若いときには、師匠の元横綱・北の富士の九重親方や千代の富士関もいらっしゃいました。厳しくも温かい環境だったんじゃないですか?

八角理事長おかげさまで、それはよかったと思います。厳しくやってもらったからこそ強くなれたと思います。それを今の子どもたちにできないので、逆に言うとい今の子どもたちはかわいそうだと思うときもあります。もう少しやれば、もっと強くなれたのに、と言う子がたくさんいます。もう少しのところで芽が出そうなんだけど、一歩進めなかったという子も多いですから。

広津代表それは研究でも似ているかもしれないですね。跳ね返されることも多いですから。理事長自身も跳ね返されたことが、何度もあったんじゃないですか?

八角理事長例えば、本場所で負け越したとしても自分はやるんだと。稽古は続けていくんだと、その中で芽が出てくるんだと。私自身は自信と言うよりも、やらなきゃ強くならないという思いがありました。自信がつくのはそのあとだろうと。やったことで自信がついてくるんだと。なんて言うのか、頑張っていればいつか強くなるぞと。確信はないけれども、やってさえいればいつかは花が開くんだろうな、開かせるぞという強い気持ちでしょうね。やらないことには、何も始まらないので。

広津代表それが何年になるかはわかりませんが、やらないと次にはつながらないということですよね。

八角理事長そういうことですよね。代表は独立されたとき、何年後にどうなるというイメージはありましたか?

広津代表私はなんとなく自分のなかで見えていたものはありました。それは自分が発明した人だからです。何年後くらいにはこうなりそうだという確信はありました。ただ必ず上手くいくとは限らないので、そのときに信念のようなものを持ってないと、続かないですよね。研究は試行錯誤の連続なので、思ったより上手くいかないというのはいくつもあるので、そういうときにいちいちへこたれていたら上手くいきませんし、とにかくやるんだと。そこは理事長の思いと通じるところがあると思います。そして支えになったのは、いろんな方々から連絡が来て、そこまで応援してくれるんだから頑張らなくてはと思っていました。

八角理事長力士たちも同じですね。周りの方々の期待、声をかけられるのはうれしいことですし、また自分を奮い立たせる源みたいなものになりますからね。

八角信芳

すい臓がんのリスク検査 最新技術に興味津々

すい臓がんのリスク検査
最新技術に興味津々

八角理事長もうひとつ今回広津代表に伺ってみたいと思っていたことがあるんです。最新の検査ではすい臓がんのリスクの判別ができると聞きました。すい臓がんは一番わかりにくいがんともいわれていますよね。私も毎年検査していますが、とても気になります。

広津代表すい臓がんは人間ドックで検査を受けてもなかなか見つからないんです、早期では。だから多くの方が命を落としてしまいます。線虫は嗅覚を使っていますから、早期のすい臓がんにも反応をするという証明が終わっているんです。もともとはこの検査は、尿を提出するだけで、全身のがんに反応するというものでした。ただ、すい臓がんのリスクがあると特定してはいえなかったんです。ですが、線虫の遺伝子を組み換えることによって、すい臓がんの匂いだけに反応しないという線虫というのを作りだすことができました。それを利用して、今はすい臓がんという特定のリスクを判別することができます。それもすでに発売しています。全身のがんが網羅的にわかりますという話から進化して、すい臓がんとか、肝臓がんというのを見分けることができるようになっています。

八角理事長残念ながら協会員のなかにもすい臓がんで亡くなっている方もいます。少しでも早期発見できればと思いますよね。

広津代表すい臓は他の臓器の裏にあるのでエコー検査などでも、なかなか見つけにくいです。線虫を使った検査は尿の匂いに反応するものですので、臓器の裏でも関係ないわけです。早期のすい臓がんで反応するという証明ができているものは、世界で初めてのことだと思いますよ。

八角理事長私は毎年4月に大腸検査とか、胃カメラをやっていて、それに合わせてすい臓のチェックもやっていますがわかりにくいということで、そこには不安があります。

広津代表すい臓は今ある人間ドックではなかなか見つけることができません。末期になったら見つかりますけども。早期だと見つからないので、これもあわせてやっていただくのがいいと思います。

八角理事長先ほど遺伝子組み換えと仰っていましたが、そんなに簡単にできるものなのですか?

広津代表実は線虫の遺伝子組み換えは簡単にできます。2週間くらいでできます。匂いはがんの種類によって違うと言われていて、すい臓がんの匂いというものがあるのです。その匂いを受け取るものが線虫の受容体というもので、すい臓がんの匂いに特化した受容体を見つけることに成功しました。遺伝子を組み替えこの受容体を働かないようにしたんです。これで、他のがんには反応するけれども、すい臓がんには反応しないということになったんです。

八角理事長すごく画期的なものですね。

広津代表特定の受容体を見つけるのは大変でした。受容体というのが線虫の中に1200個もあって、1200の中からこれだというのを見つけるには何年もかかりまして、それは苦労しました。

八角理事長検査の中で早期のすい臓がんが見つかった人もいるんですか?

広津代表いらっしゃいます。すい臓がんは最初の線虫がん検査を実用化したときから、やるぞと思っていました。世界中の著名な方がすい臓がんで若くして亡くなっておられるので、その方々がまだ生きていた世界ってどうなんだろうと思うことがありましたので。

八角理事長そうですよね。もし少しでも早く見つかっていれば、まだ頑張っておられたであろうという人たちはたくさんいらっしゃいます。この検査を広めていただきたいですね。

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